はじめに

過去の出来事、技術、思想を未来の視点から再解釈するために書き残すブログメディア Hyperpast Journal(ハイパーパストジャーナル)。書き手は映像クリエイターのDAISUKE KOBAYASHIです。

#08では「偏った健康知識」について書きたいと思います。僕は「あたらしい健康」について発信していますが、糖質制限などで「偏っている」と感じる人もいるかもしれません。でも実は、健康はバランスが大事だと思っています。今回は、その考えをわかりやすくお伝えします。

ちなみに、ヘルスラーニングジャーナルとは、40代の僕が学んだ最新の健康・栄養に関する知識を整理し、記事化して発信していくシリーズです。

従来の栄養学から分子栄養学、そして精密栄養学へと進化している現在の流れを深掘りしながら進めています。

なぜ「ヘルスラーニングジャーナル」を書くのか?

健康に関する情報は日々アップデートされており、従来の「カロリー計算」「バランスの良い食事」ではカバーしきれないほど、多くの研究が進んでいます。特に個々の遺伝情報や腸内環境に基づいた「精密栄養学」などの新しい概念では、これからの健康管理に大きな影響と可能性を与える分野です。いわば人類の健康のためのあたらしい未来です。

僕自身が最前列で学びながら、それを整理し、実践し、記事にまとめることで、読者の皆さんにも有益な情報を共有できればと考えているのです。

そして、精密栄養学を学び、取り入れることで、ウイルス対策や毎日なんだかパッとしないブレインフォグ、倦怠感、片頭痛、謎の疲れ、眠気などといった、病院に行っても「異常なし」と診断されてしまうような症状を改善できる可能性を、僕は持っていると感じています。

ぜひ、この機会に皆さんも僕と一緒に学びましょう!ではいってみましょう!

戦前・伝統的な日本の知恵

僕は近代の日本において、大きく分けると戦前・戦後によって文化が違うと認識をしています。それは食生活も例外ではなく、戦後の食文化の変化(砂糖・精製小麦・加工食品の普及)によって、日本人の健康は大きく変わったと言えますが、それ以前の知恵には、現代の栄養学や健康科学でも理にかなうものが多いと感じています。

先ずは、戦前の日本人が大切にしていた「健康・食・生活習慣」について羅列していきます。

食に関する知恵

一汁一菜(バランスの取れた食事)

昔はご飯+味噌汁+漬物 or 副菜のシンプルな食事です。味噌汁(発酵食品)+ 米(炭水化物)+ 野菜(ビタミン・ミネラル)が揃ったバランス食で、塩分は多めとされるが、精製された塩ではなくミネラル豊富な天然塩を使用していたので栄養価は高いと言えます。

玄米食の習慣

白米よりも玄米・雑穀米の方が主流でした。白米は江戸時代以降、上流階級では普及していたようですが、庶民は玄米や雑穀を主食としていたようです。

魚食中心の食生活

戦前の日本人は肉よりも魚を食べる機会が圧倒的に多かったようです。青魚(イワシ・サバ・アジ・サンマなど)をよく食べ、DHA・EPAを多く摂取していました。

発酵食品を日常的に摂取

味噌・納豆・漬物・醤油・ぬか漬けなど、発酵食品が豊富で菌活として腸内環境を整える役割を果たしていたと考えられています。

昆布や煮干しのダシ文化

料理の基本が出汁でした。化学調味料が普及する前は、昆布や鰹節、煮干しでダシを取るのが基本でした。

生活習慣に関する知恵

早寝早起き

夜型生活が普及する前は、日の出と共に起き、日没後は早く寝る習慣がありました。伝統的な農村部では、電気のない生活のため、日没後は活動量が減り、自然と早寝の生活を送っていました。

体を温める習慣(冷え対策)

湯たんぽ・味噌汁・生姜・風呂で体を温める習慣があったとされています。温かいものを摂る習慣(冷たい水を飲まない、体を冷やさない食事)が主流でした。

裸足・草履・わらじ文化(アーシング)

昔の日本人は裸足や草履で生活し、大地に触れることが多かったとされています。田植えや畑仕事も素足で行うことが多く、地面と接する機会が多かったのです。

戦前と戦後の食生活の対比

戦後の日本の食生活は、西洋化・工業化が進み、戦前とは大きく異なるものとなりました。では、戦前の伝統的な食文化と、戦後の変化 を対比しながらまとめていきます。

主食の変化

戦前(伝統的な食生活)戦後(現代の食生活)
玄米・雑穀米が主流(白米は贅沢品)白米・精製小麦の普及(脚気問題の再燃)
米が基本で、パンはほぼ食べないパン・パスタ・ラーメンの普及(小麦消費の増加)
食事の量が少なく、腹八分目の習慣食べ過ぎ・過剰なカロリー摂取

戦後の変化として、GHQの政策により小麦の消費量が急増(「パン給食」の導入)され、精製された白米・小麦の過剰摂取で血糖値の急上昇が増加。食の欧米化により、炭水化物過多の食生活となります。

たんぱく質源の変化

戦前(伝統的な食生活)戦後(現代の食生活)
魚が中心(青魚・小魚・干物など)肉(牛・豚・鶏)の消費が増加
大豆(納豆・豆腐・味噌)が主要なたんぱく源加工肉(ハム・ソーセージ・ベーコン)の増加
煮干し・鰹節・昆布のダシ文化化学調味料(MSG)やコンソメに置き換わる

魚の消費量が減り、肉食中心になります。大豆よりも加工肉が増え、発がん性リスクが懸念される化学調味料の普及により、伝統的なダシ文化が衰退します。

油脂の変化

戦前(伝統的な食生活)戦後(現代の食生活)
菜種油・胡麻油・魚の脂が主流サラダ油・マーガリン・ショートニングの普及
動物性脂肪は少なめ揚げ物・ファストフードの増加
オメガ3系(魚・胡麻)が多いオメガ6系(サラダ油・加工油脂)の摂取過多

「健康に良い」とされていたサラダ油が、実は炎症を促進していることが判明します。そしてマーガリン・ショートニングのトランス脂肪酸問題(心疾患リスクUP)。揚げ物(フライ・天ぷら)の増加で酸化した油の摂取が増えることになります。

調味料の変化

戦前(伝統的な食生活)戦後(現代の食生活)
天然の塩精製塩(ナトリウムのみの塩)
味噌・醤油(自然発酵)化学調味料(グルタミン酸ナトリウム)が主流に
ぬか漬け・塩漬けなど自然な保存食食品添加物・保存料・人工甘味料の増加

伝統的な発酵調味料が減り、人工調味料に置き換わります。そして、ミネラル豊富な自然塩が廃れ、精製塩が普及します。保存料・着色料・人工甘味料の摂取増加で健康リスクが増大します。

甘味の変化

戦前(伝統的な食生活)戦後(現代の食生活)
甘味は自然由来(黒糖・はちみつ・甘酒)白砂糖・果糖ブドウ糖液糖の大量摂取
菓子は特別な時に食べるもの日常的に甘い飲み物・スナック菓子を摂取
食後に果物を食べる習慣ジュース・清涼飲料水が普及

白砂糖が安価になり、和食でも甘い味付けが増えます。果糖ブドウ糖液糖(コーンシロップ)が広まり、糖質過多の食生活となり、清涼飲料水の普及で、ジュース・炭酸飲料が当たり前に(糖尿病リスクUP)。

食文化・生活リズムの変化

戦前(伝統的な食生活)戦後(現代の食生活)
よく噛んで食べる(玄米・雑穀・漬物)軟らかい食品が増え、咀嚼回数が激減
食事の回数が少なく、間食は少ない3食+間食+夜食の習慣が当たり前に
定期的な断食・粗食の習慣常に食べ続ける食生活(オートファジーが働かない)

常に食べる習慣がつき、オートファジー(細胞のリサイクル)が機能しにくくなり、深夜に食べる習慣が増え、体内時計が乱れるなど。

本当に健康を害しているのだろうか?

…といった具合に戦前と戦後を比較すると、現代は明らかに健康的ではない結果となるのですが、戦前の日本人の健康状態についてのエビデンスを検討すると、現代と比較して必ずしも良好であったとは言えません。主な指標として、平均寿命と主な死因の観点から見てみましょう。

平均寿命

戦前の日本人の平均寿命は、現代と比較してかなり短いものでした。具体的には、昭和初期(1930年代)における平均寿命は…

昭和10年(1935年)頃

  • 男性:約47歳
  • 女性:約50歳

となっています。これらの数値は、当時の公衆衛生状況や医療技術の限界を反映していると言えます。

主な死因

戦前の日本では、感染症が主要な死因となっていました。特に、結核やコレラ、赤痢などの伝染病が多くの命を奪っていました。例えば、明治時代にはコレラが大流行し、1879年(明治12年)には患者数約16万人、死亡者数約10万人を超える事態となりました。

これらの感染症の流行は、衛生環境の未整備や医療技術の未発達が大きく影響しており、戦前の日本人の健康状態が現代と比較して劣っていたことを示しています。

つまり、戦前の日本人の生活習慣や伝統的な知恵には、現代の健康科学で評価される要素も多く含まれています。しかし、平均寿命の短さや感染症の流行状況を考慮すると、当時の健康状態が現代よりも優れていたとは言い難いです。

医療技術や公衆衛生の進歩により、現代の日本人の健康状態は大きく改善されているとも言えるのですが、戦前と戦後を単純に比較して、「どちらが正しい」 と決めることは難しいですし、それぞれの時代の背景とトレードオフを考える必要があると、僕は感じています。

医療の進化による「延命」と、現代特有の「名もなき病」

戦前は感染症や公衆衛生の問題で平均寿命が短かった一方で、食生活は シンプルで自然に近いものが多かった。一方で戦後は医療の進化で寿命が伸びはしているのですが、工業化・加工食品の普及により、新たな健康問題(名もなき病)が増えたということが言えると思います。

そして現代では、医療の力で寿命が延びても、健康寿命(自立して生活できる期間)が短い人が増えていると言えるかと思います。

例えば、薬や手術で病気になっても生きられるようになったが、根本解決にはなっていません。生活習慣病(糖尿病・高血圧・がんなど)の増加により、一生薬を飲み続ける人、依存する人が増えています。そして80代・90代でも生きられるが、健康状態は悪い人が多いのが事実としてあります(介護・寝たきりが増加)。

つまり、寿命は延びたが、本質的に健康に生きられる人は減ったとも言えるのです。

「中庸」という、あたらしい健康のかたち

僕が学びながら発信している「あたらしい健康」とは、古くからの知恵と最先端のテクノロジーを融合させた、バランスの取れた健康アプローチです。これは単なる延命ではなく、「名もなき病」とおさらばできる生き方。言い換えれば、「未病」への挑戦でもあります。

現代医療が病気の診断と治療に特化するのであれば、僕の考える健康とは健康の最適化と予防にフォーカスしています。遺伝子解析を用いた栄養療法、ミトコンドリア活性化、腸内環境の調整、ケトン食や断食の活用。これらは、現代の健康課題に対する新たなアプローチとして注目されています。

ただし、ここで注意しなければならないのは、どちらか一方に偏らないことです。

「伝統」と「テクノロジー」の間で揺れるバランス

古くからの知恵がすべて正しいとは、僕は考えていません。昔ながらの食事や習慣が、現代の生活にそのまま適用できるわけではないし、むしろ問題がある場合もあると思います。たとえば、江戸時代の白米中心の食生活は脚気を生んだし、戦前の日本では栄養不足による病が多かったのは事実です。

一方で、テクノロジーがすべてとも思いません。最新の科学が示す栄養理論も、次の時代には否定されることがありますし、サプリメントや遺伝子治療が万能なわけでもない。薬や高度な治療が人を救うこともあるが、同時にそれが人の自然な回復力を奪うこともあるはずです。

つまり、僕が大切にしたいと思っているコト、そしてこの記事で一番伝えたいコトはどちらかに寄りすぎないということ。
新旧の間を行き来しながら、最適なバランスを探し続けることなのです。

「中庸」という、しなやかな健康観

この考え方は、古くから「中庸(ちゅうよう)」という言葉で表されてきました。中庸とは、「偏らず、極端に走らないこと」。しかし、それは単なる「中間」ではありません。

中庸とは、固定された一点ではなく、振れ幅の中でバランスを取り続けるダイナミックな状態なのです。まるでヤジロベエように、しなやかに揺れながらも倒れない。右に寄りすぎたら、少し左に戻り、左に寄りすぎたら、また右へ。その試行錯誤の中にこそ、本質的な健康があると僕は考えているのです。

中庸の健康とは、適応する力

そして、僕の考える「あたらしい健康」は、何か一つの固定された答えを求めるものではありません。むしろ、「状況に応じて変化し、最適なものを選び続ける力」を鍛えることにあると思います。

  • 伝統的な発酵食品を取り入れながらも、必要に応じてテクノロジーを活用する。
  • 断食やミトコンドリア活性化を試しながらも、無理をしない選択肢を持つ。
  • 「自然がすべて良い」とも思わないし、「科学がすべて正しい」とも思わない。

つまり、極端に偏らず、状況に応じて適応することが健康への第一歩なのではないかと思っています。「進化」と「退化」という言葉がありますが、僕はどちらも同じものだと思います。

過去から現在へと流れる時間の中で、僕たちは何かを得て、何かを失ってきました。進化とも言えるし、退化とも言える。正しいか、間違っているかは、あとになってみないとわからない。

だからこそ、どちらにも振れながら、最適な道を探し続けることに意味があると僕は感じるのです。

まとめ

僕は二元論ではなく、状況に応じてしなやかに変化し、最適なバランスの健康法を発信していきたいと考えています。

中庸とは、動かないことではなく、常に調整し続けることです。健康もまた、固定された正解があるわけではなく、個々人がその都度、最適なものを選び続けることが重要です。

今はそういうコトができる時代になったということであり、これこそが、「あたらしい健康」の本質であり、僕が目指す健康アプローチなのです。

#09ではマグネシウムについて書いてきたいと思います!

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