過去の出来事、技術、思想を未来の視点から再解釈するために書き残すブログメディア Hyperpast Journal(ハイパーパストジャーナル)。書き手は映像クリエイターのDAISUKE KOBAYASHIです。

今回は僕の10代の衝動である「DIY」について掘り下げたい。DIY(Do It Yourself)とは、「自分自身でやる」という意味で、他者や企業に頼らず、自らの手で物作りや活動を行う精神や文化を指すが、現代においては自宅のリフォームや家具作り、インテリア改造などを専門業者に依頼せず、自分自身で工具や材料を使って手作りすることをイメージする方も多いかもしれないが、DIYのルーツは今から書くことにある。

では、イギリスのパンク・ムーブメントとともにDIYの歴史と精神を書き綴っていこう。

Crassとアナーコ・パンクの原点

1977年にイギリスのエセックスで結成されたバンド、Crassは単なるパンクバンドの枠を超え、「アナーコ・パンク」と呼ばれる政治的・思想的運動の中心に位置していた。

彼らは徹底的な反商業主義を掲げ、大手レコード会社やメディアに依存せず、自主レーベル「Crass Records」を設立。音源の録音やミックス、アルバム制作だけでなく、アルバムのジャケットやポスター制作、印刷物に至るまで完全に自身の手で行った。

また、ライブ活動も商業的な会場を避け、コミュニティセンターや小規模な独立系施設を利用して実施した。彼らの作品は反戦・反核兵器、反性差別、動物の権利、環境保護など幅広い社会的・政治的メッセージを含んでおり、単なる娯楽以上に社会的な議論を喚起した。

さらに、アルバムの価格も意図的に低く抑え、利潤よりもメッセージの普及を重視した。このような彼らのDIY(Do It Yourself)精神は音楽業界のみならず、英国社会に広く影響を与え、以降の世代の音楽家やアーティスト、活動家に大きな刺激を与える原動力となった。

Crassの活動は、英国音楽シーンにおけるDIY精神の原点として、その後の文化的・芸術的表現に深く根付くことになった。

インディーズ文化の台頭とDIYの普及

Crassの影響は徐々に広がりを見せ、1980年代以降の英国音楽シーンでは自主レーベルや自主制作文化が大きく浸透していった。この時期に登場したRough Trade RecordsやFactory Recordsといったレーベルは、大手の商業的な音楽業界に依存しないインディペンデントな活動を推進し、多くの新人アーティストに表現の自由を提供した。

マンチェスターを拠点としたFactory Recordsは、Joy Division、New Order、Happy Mondaysなど数々の象徴的なバンドを生み出し、独特な音楽性と共に自主的なレーベル運営でも注目された。

一方で、ロンドンのRough Trade RecordsはThe SmithsやAztec Cameraを輩出し、インディペンデントな音楽活動が商業的にも成功し得ることを証明した。こうした自主制作文化はアーティストの創造性を尊重し、自主的な音楽制作と配給というスタイルを英国音楽界に定着させ、世界的なインディーズ文化の発展にも大きく貢献した。

DIY精神はこのようにして英国の音楽シーンの基盤となり、アーティストたちがクリエイティブなコントロールを握り、独自の表現を追求する環境を整える役割を果たした。

90年代:RadioheadによるDIY精神の進化

90年代に入るとRadioheadが登場し、英国音楽界におけるDIY精神は新たな段階を迎える。彼らは当初、メジャーレーベルからデビューして商業的な大成功を収めたが、次第にレコード会社や市場主義の制約から解放される道を模索するようになった。

特に2007年の『In Rainbows』のリリースでは、「自由価格制(Pay-what-you-want)」という画期的な手法を導入した。この方法は、中間業者を介さずにアーティストが直接リスナーに音楽を提供できる仕組みであり、インターネットを活用したデジタル配信を通じて世界中で話題となった。

さらに、アルバムのジャケットやアートワークを友人であるスタンリー・ドンウッドに依頼するなど、クリエイティブ面を自ら管理することで、商業主義的な制約から距離を置くことに成功した。録音環境についても、自分たちが求めるサウンドや制作方法を追求し、可能な限り自主性を高めて制作を行った。これによりクリエイティブ面だけでなく、技術的にも完全な自主性を確保した。

これにより、Radioheadは音楽だけでなくビジュアル面でも完全に自身の表現を追求し、商業的圧力や企業の思惑から完全に独立した新しい音楽発信のモデルを実現した。

DIY精神の現代的意義

インターネットの普及とデジタル技術の進化は、DIY精神をさらに新しい次元へと押し上げた。それまでレコード会社や大手プロモーションに依存せざるを得なかったアーティストたちは、ストリーミングやSNSなどオンラインのツールを通じ、自らの音楽を世界中のファンに直接届けられるようになった。

この変化は単なる反商業主義から、アーティスト自身が自己表現の完全な主導権を握り、ファンとの間に透明で直接的なコミュニケーションを築く手段へと進化したのである。Radioheadの『In Rainbows』に見られる自由価格制によるアルバムリリースや、ビジュアルアートを含むクリエイティブ面での完全な自己管理はその象徴的な取り組みであり、他にもビリー・アイリッシュやチャンス・ザ・ラッパーといった現代のアーティストたちが、このDIY精神を受け継ぎ、伝統的な音楽産業の枠組みを飛び越え、自主性を高めながら巨大な影響力を獲得している。

このように、DIY精神は時代や技術の変化とともに常に更新され続け、アーティストとファンの新しい関係性を作り出している。

CrassからRadioheadへ――DIY精神の歴史的な継承

こうした流れを辿ると、英国音楽シーンにおけるDIY精神は、Crassが生んだ反商業主義と反権威主義の強烈なメッセージから始まり、その後インディーズシーンを中心に広がり、80年代にはインディペンデント・レーベルや自主制作文化として定着した。

さらに90年代以降、Radioheadの登場によりDIY精神は大きく進化を遂げた。彼らがインターネットを通じて直接ファンと繋がる仕組みを提示したことで、この精神は商業主義の枠を超え、アーティスト自身が音楽活動の主導権を握る手法として認知されるようになった。

今日では、ストリーミングやSNSといったデジタル技術を活用し、DIY精神を基盤として自主的な音楽活動を展開するアーティストが多数登場している。こうして、Crassの反抗的で社会批判的な姿勢がRadioheadの自主性や創造的自由に進化し、現代アーティストの活動にも強い影響を及ぼし続けている。

つまり、DIY精神とは単なる手法やスタイルではなく、社会や文化の既存の枠組みに対する挑戦であり、新たな価値観や可能性を切り開くための重要な哲学なのだ。これからもDIY精神は、個人の創造性を尊重し、クリエイターと受け手が直接繋がることで生まれる豊かな文化的交流を促進し続けるだろう。