2024年にこんな映像を作ったので、そのディレクターズノートをここに残しておきたい。
映像制作プロジェクトの背景
このドキュメンタリー映像制作は、2024年夏の牟岐町で起きることを追いかけることから始まった。
牟岐町では現在、大学生の若者たちが「関係人口」として町に関わり始めている。しかし、その事実を知らない町の住民も多い。そこで、「今、町でこんなことが起きている」という現実をドキュメンタリーとして記録し、未来から振り返ったときに2024年の夏が町の変化の節目として意味を持つマイルストーンとなることを意識しながら制作することとなった。
牟岐町とは、徳島県南部に位置する人口3,500人ほどの小さな漁師町であり、過疎化が進む地域のひとつである。この町に関わる大学生たちの姿や、町の取り組みを記録し、牟岐町民にとっての「関係人口」の存在を可視化することを目的とした。
そして関係人口とは、特定の地域に住んではいないが、継続的に関わりを持つ人々のことを指す。移住者(定住人口)でも観光客(交流人口)でもない、「地域と関係を築きながら関わる人々」を指し、地域活性化や過疎地域の支援において重要視されている。具体例としては、地域でのプロジェクトに参加する学生、二拠点生活をする人、リモートワークで地域とつながる人などが含まれる。
この映像プロジェクトの核となる中心とした人物は、京都の大学でメディアについて学ぶ彼女。彼女はジャーナリズムや報道に興味を持っていたため、この作品制作を通じて未来のキャリアへつなげる機会とする……予定だったが、彼女は途中でこのプロジェクトを制作途中で投げ出してしまった。
具体的には幾度と撮影を一緒にしていたわけだが、撮影を終えた後の最後の最後の部分にあたる、今回のプロジェクトの感想を僕が受け取り、その心情を映像に落とし込み、仕上げていく予定だったが、その最も重要な最後の部分の感想を僕が受け取ることはなかった……だから仕上げるために僕が練り直す必要があった。
その結果、本来予定していた「彼女の視点を通じた牟岐のドキュメンタリー」ではなくなり、「若者と過疎化する町の未来のドキュメンタリー」といったテーマを中心に、僕の作家性を活かした作品へと舵を切ることにした。
ナレーションと構成
故に本作では、彼女の名前をあえて伏せ、牟岐の未来のメタファーとして扱うことにした。本来なら彼女にナレーターとしてその場の心情を語ってもらう予定をしていたし、事実ナレーションのベースとなる言葉は彼女の感想だったり心情が強く含まれている。8割は彼女の言葉を僕が再編集したものだ。だから青い表現も多いのだが、その青さもある種の狙いである。
それを急遽代役として2024年夏に牟岐町にたまたま訪れたひとりの青年ゴウくんに語ってもらい、客観的に語ることでのコントラストを出すことにした。
物語は彼女が「牟岐があまり好きではなかった」という事実から始まる。これは僕が非常に好きな太宰治の「走れメロス」の「メロスは激怒した。」からインスピレーションを受けている。
その一言でおおよその物語を掴めてしまうキラーワードだと僕は思っており、いつか映像制作時にそうしたキラーワードを入れることが出来たらと思っていたのだが、今回の映像にピッタリだと思い、迷いなく採用することにした。
「彼女はなぜ牟岐があまり好きではなかったのだろう?」と、疑問を投げかけ、そこから伏線を回収していくようにした。ただ、撮れ高や映像の時間、事実、そして時系列で物語を構成しているため、説明しきれていない部分もあるのだが、それは映像を観た後に「考える余白」として作用してくれたら良いと、都合の良い解釈を僕はしている(笑)。
彼女は町を離れて暮らす中で、牟岐の良さを再認識し、やがて「牟岐で何かしたい」と思うようになった。
この夏、牟岐で起こる出来事を見届ける彼女の視点を通し、さまざまなプロジェクトの現場が記録されている。
- 「ふらいき」プロジェクト
牟岐町の未来を考え、課題解決に挑戦する中学生の活動。初日は参加者が少なく、「大人の都合」を実感することとなる。 - 「BG塾」 in 出羽島
牟岐町教育委員会が実施する、学習と体験を組み合わせたプログラム。ここで彼女は子どもたちと触れ合いながら、過去の自分と照らし合わせることとなる。 - 「総合戦略ワークショップ」
10代から20代の若者が町の未来を考え、町の総合戦略に提言するプロジェクト。全国的にも珍しい取り組みの中で、彼女は「町が未来を受け入れようとしている」と感じる。
といった具合に、彼女の心情や町の未来を考えることの重さなどがリアルに映像に収められている。
「彼女」という存在とメタファー
彼女は「牟岐の未来」というメタファーとして機能する。若かりし頃の自分、未来を担う若者の葛藤、過去に抱えていた牟岐への違和感。すべてが交差することで、物語の軸が生まれた。
「彼女が見た牟岐のドキュメンタリー」ではなく、「社会が抱える軋轢を描く作品」へと変化したのは、彼女自身が途中でこのプロジェクトを放棄したからこそ、必然的に生まれた産物だった。
実はこのあたりは、撮影前に常にプランCぐらいまで考えていたので、かなり柔軟にプロジェクトの方向性を変えることができた。そして結果としてこれで良かったとも思っている。
ただ、各シークエンスに様々な意味を詰めに詰め込んでいるため、説明が難しいのが難点である(笑)。
エンディングに込めたメッセージ
ドキュメンタリーの終盤、彼女はこの夏の牟岐を見届けた。しかし、感想を求められても言葉にすることはできなかった。その沈黙の中にあったのは、単なる迷いや戸惑いではなく、故郷を想うがゆえに生まれる複雑な感情だったのだろう。
かつては「この町を離れたい」と願っていたが、町を出たことで見えてきたものがある。豊かな自然、温かい人々、そして思い出。そのすべてが、今になって彼女の中に問いを生み出している。
だが、その問いには明確な答えがない。「牟岐は変わるのか?変われるのか?変わりたいのか?」 彼女が抱える葛藤は、同じように故郷を持つ者なら誰もが一度は抱くものではないだろうか。
言葉にならなかった彼女の感情。それは、牟岐をどうにかしたいという気持ちの表れであり、同時に「何ができるのか、どうすればいいのか」分からないという不安でもある。だが、まさにその迷いこそが“牟岐の未来”なのかもしれない。考え、悩み、それでも何かをしようとする意志が、この町の未来を形作る。
そして僕はそれを今回の映像のひとつのプロットとした。
時に期待は重荷となり、行動を縛ることもある。それでも、未来に向かって何かを考え続けることができるのは、若者だけが持つ特権だ。言葉にならない感情の中にこそ、未来へ続く道が隠れているのかもしれない。
彼女は途中で投げたしたことは事実だ。しかし、その沈黙は決して「何も感じなかった」というわけではない。その場を見届けたこと、感じたこと、迷いながらも町に関わろうとしたこと。
それら全てが、この映像における最大のメッセージとなったのではないだろうか。
そして彼女は、オリオンの木と共に関わり続けることを決めた。未来がどうなるかは分からない。だが、関わることでしか見えない景色が必ずある。
制作を終えて
この作品は、単なる地域活性の記録の枠を超えて、「故郷と向き合う若者の葛藤」そのものを描くことになった。彼女が途中で投げ出したことも、結果として映像のリアリティを強めた要因となった。
本作を通じて、過疎地域に生きる若者の感情、町の未来を考えることでの葛藤を少なからず伝えられるのではないかと思う。
牟岐が変わるのかどうか、それはまだわからないし結果論でしかない。そして変わるかどうかは実は問題ではなく、変わろうとする意識が大切であり、そう考えている若者がひとりでもいることが大切なのだ。
なぜなら若者は未来のそのもので希望なのだから。
Comments by daisuke kobayashi
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